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八戸市は遺跡の宝庫として、現在約270カ所が確認されています。なかでも、「是川石器時代遺跡」は昭和32年に、「長七谷地貝塚」は、昭和56年にそれぞれ縄文時代の史跡として国の指定を受け、是川遺跡については、出土品633点が昭和37年に重要文化財の指定を受けました。
建武元年(1334年)甲斐の国の南部師行が根城に城を構え、戦乱の北東北を鎮め、5代にわたって南朝に尽くし、当地方の基礎を築きました。その後、三戸南部が台頭して居城をいまの盛岡に移し、根城南部は、その支配を受けるようになりました。寛永4年には盛岡の命により根城の地を離れ、いまの岩手県遠野に国替えになりました。
寛文4年(1664年)盛岡藩主南部重直は跡を決めずに死去したため幕府は盛岡10万石を弟重信に8万石、次弟直房に2万石を分け与えました。ここに八戸藩2万石が誕生し、八戸発展の新たな出発点となりました。
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